東京地方裁判所 昭和26年(行)25号 判決
原告 黒石義男
被告 国
一、主 文
原告が昭和十二年中為した日本国籍の離脱の届出(同年八月十九日内務大臣により告示せられたもの)及び内務大臣が原告の日本国籍回復の申請に対し昭和十七年五月四日為した許可はいづれも無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同趣旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は明治四十四年(西暦千九百十二年)一月二十八日北米合衆国(以下米国と略称する)カリフオルニア州(以下加州と略称する)ロスアンヂエルス市トレントン街千二百三番地において日本人黒石清作とその妻トヨの長男として出生し、日本法及び米国法により両国の国籍を二重に取得したのであるが、昭和十一年五月日本に渡航して以来、昭和十一年七月から昭和十五年十二月までの間は横浜のブラヂル領事館に、昭和十六年一月から昭和十七年二月までの間は東京の同国大使館にそれぞれ勤務し、又昭和十二年十一月米国の国籍を有する田端節子と結婚して引続き日本に住所を有していたのである。ところで、原告は日本の国籍を離脱するため昭和十二年初頃在米の叔父ジヨーヂ、ワイ、竹山にその手続を依頼し、竹山がロスアンヂエルス区日本領事館の指示を受けて作成し送付してきた届出書類に署名の上、これを竹山に返送して同領事館に提出して貰つた。その結果昭和十二年八月十九日内務省告示第四百九十六号により原告の日本国籍離脱が公告されたが、右告示には原告の住所を北米合衆国加州ロスアンヂエルス西三十一街二千七十三と表示してあつた。しかし旧国籍法(大正五年法律第二十七号、大正十三年法律第十九号により改正された明治三十二年法律第六十六号以下同じ)第二十条の二第二項によると、いわゆる二重国籍を有する者が日本国籍を離脱するにはその生れた外国に住所を有することが要件であるのに原告は前記の通り離脱の当時日本に住所を有し、米国にはこれを有していなかつたのであるから、原告の日本国籍離脱の届出はこの要件を欠く無効のものである。原告の日本国籍離脱の届出はかくの如く無効であつたが、今次大戦中憲兵が屡々原告方に来り原告に対して日本国籍を離脱したことを非国民的行為であると非難し、日本の国籍を回復せよと脅迫するので、原告は昭和十七年五月四日内務大臣の許可を得て日本の国籍を回復した。しかし旧国籍法第二十六条(訴状に第二十条の二とあるのは誤記と認める)によれば、国籍の回復は日本の国籍を喪失した者に限り為し得るのであつて、原告の日本国籍離脱が右述の通り無効である以上原告は日本の国籍を喪失していなかつたことになるから、右日本国籍回復の許可も亦当然無効である。仮にこの主張が認められぬとしても、原告の日本国籍回復の申請は憲兵の脅迫によつて為したものであつて自由な意思に基いて為したものではないから無効であり、この申請に対する内務大臣の許可も亦無効たるを免れない。現在原告の妻子はいづれも米国の国籍を有し原告と国籍を異にしているので、原告としては自らも日本国籍離脱以前の状態に復した上、改めて日本の国籍を離脱したく、前記原告の日本国籍の離脱及び原告の日本国籍回復申請に対する内務大臣の許可がいづれも無効であることの確認を求めるため本訴に及んだのであると述べた。(証拠省略)
被告指定代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張の事実中原告が明治四十四年一月二十八日北米合衆国ロスアンヂエルス市トレントン街千二百三番地において日本人黒石清作とその妻トヨの間に長男として出生し、日米両国の国籍を取得したこと、昭和十二年十一月田端節子と結婚したこと、原告から日本領事館に日本国籍離脱の届出があり、原告主張の告示によりその離脱が公告され、右告示に原告の住所がその主張の通り表示されたこと及び内務大臣が昭和十七年五月四日原告の日本国籍回復を許可したことはいずれもこれを認めるが、右国籍離脱の当時原告の住所が日本国内にあつて米国内になかつたとの点並に原告の日本国籍回復の申請が憲兵の脅迫により為されたとの点はいづれも否認する。そのほかの事実は知らない。原告がその主張のように昭和十一年七月以降横浜のブラヂル領事館又は東京の同国大使館に勤務していたとしても、日本に居所を有していたに過ぎず、米国に住所があるとしてなされた本件離脱の届出は真実に合致し、米国駐在の日本領事においても調査の結果原告の住所が米国内にあるものと認めてその届出を受理したのであるから、原告の日本国籍離脱はその要件に欠けるところなく有効である。又仮に原告主張のように憲兵が屡々原告方に赴いて国籍離脱を非難し国籍回復を勧告した事実があつたとしても、この事実のみを以つてしては未だ原告がその意思の自由を完全に喪失するほどの強制を加えられたものとはいい難く、原告の国籍回復の申請を自由な意思に基かずに為されたものとして無効となすには足りない。従つて原告の主張は失当であると述べた。(証拠省略)
三、理 由
原告が明治四十四年(西暦千九百十二年)一月二十八日北米合衆国(以下米国と略称する)ロスアンヂエルス市トレントン街千二百三番地において日本人黒石清作とその妻トヨの間に長男として出生し、日米両国の国籍を二重に取得したこと、その後原告がロスアンヂエルス区の日本領事館に日本国籍離脱の届出を為し、昭和十二年八月十九日内務省告示第四百九十六号を以てその離脱が公告され、右告示に原告の住所が北米合衆国加州ロスアンヂエルス西三十一街二千七十三と表示されていたこと及び内務大臣が昭和十七年五月四日原告の日本国籍回復申請に対し許可を為したことは当事者間に争いがない。
ところで旧国籍法(大正五年法律第二十七号、大正十三年法律第十九号により改正された明治三十二年法律第六十六号、以下同じ)第二十条の二第二項によると、大正十三年勅令第二百六十二号の施行された大正十三年十二月一日以前に右勅令の指定する米国その他の外国において出生し、当該外国と日本国と両国の国籍を二重に取得した者は、当該外国に住所を有するときに限りその志望により届出のみで日本国の国籍を離脱し得ることと定められていたのであるが、右規定が当該外国に住所を有することを離脱の要件としたのは離脱による日本国民の減少をこの要件を備える場合のみに制限し、以て国の利益をはかる趣旨に出でたのであるから、この要件を欠く離脱の届出は離脱の効力を生じない無効のものというべきであり、又右の要件は離脱の届出を為す当時において具備するを要するものと解するを相当とするところ、本件においては、原告が日本国籍離脱の届出を為した当時その生れた米国に住所を有していたことが離脱の有効要件となるわけである。そこでまづ右離脱届出の日時について判断するに、原告本人訊問の結果並に成立に争いなき甲第七号証の一、二によると、原告は昭和十一年五月末頃米国から日本に渡航し来り、翌昭和十二年一月頃ロスアンヂエルス市西三十一街二千七十三番地に住む叔父ジヨーヂ、ワイ、竹山に日本国籍離脱の手続を依頼し、竹山がロスアンヂエルス区日本領事館から交付を受けて送付してきた離脱の届出書類に署名の上これを竹山に返送して同領事館に提出して貰つたことが認められ、同年八月十九日その離脱の公告が為されたことは前認定の通りであるから、結局原告が右離脱の届出を為したのは昭和十二年中の八月以前であるということができ、この認定を左右するに足る証拠は存しない。しかして前記原告本人訊問の結果並に成立に争いなき甲第一、第七乃至第十号証の各一、二を綜合すると、原告は前記の通りロスアンヂエルス市において出生したのであるが、幼少の頃家族とともにブラヂルに渡り、同国サンパウロ市の中等学校に入学し、やがて又家族と別れ教育を受ける目的で再び米国に赴き、前記叔父竹山方に身を寄せ、そこで中等学校から加州大学商科に進み、同大学内の二世日本人の寮に寄宿していたこと、そして同大学三年在学中学業成績が余り芳しくなかつたので当時既に日本に帰国していた母妹等に会い将来の方針を相談しようと思い立ち、学生の身として大した荷物もなく、右大学の寮にトランク一個を残置したのみでその余の荷物を殆ど持参し、休暇を利用して前記のように昭和十一年五月末頃日本に旅行し来つたこと、原告はもとより米国に財産も職業もなく、ブラジルの父から学資の仕送りを受けて暮していたのであつて、右のトランクも昭和十二年十月許婚の訴外田端節子が日本に来るとき持参して貰つたこと、日本に渡航してから原告がブラヂル語、米国語、日本語に通ずるところから友人にすすめられ昭和十一年六月頃横浜のブラヂル領事館に就職し、最初半年位で辞めるつもりであつたが、次第に仕事に興味を抱くようになつてそのまま同国領事館及び東京の同国大使館に昭和十七年一月まで勤めるようになり、昭和十一年中に竹山にも当分日本で働く旨の書信を出したこと、而して原告は許婚の前記田端が米国の国籍を有して居り且つブラヂル領事館員から二重国籍でなくどちらか一国の国籍にすべく、その場合は米国の国籍にした方が俸給も高い故好都合である旨告げられたので日本の国籍を離脱しようと思い、前記の通り昭和十二年一月頃叔父竹山にその手続を依頼し、竹山が送付してきた国籍離脱の届出書類にその指示に従い竹山の前記住所を自己の住所として記載の上、これを返送してロスアンヂエルスの日本領事館に提出して貰つたことを認めることができこの認定を左右するに足る証拠は存しない。以上の事実によると原告は出生当時は家族と共に米国内に住所を有していたが、幼い頃一家の移住に伴つてブラヂルに住所を移し、その後中等学校時代米国に遊学したけれども、必らずしも遊学中の住所が米国にあつたとはいい難く、更に日本に渡航して就職後半年以上を経た前記離脱届出の当時においては、生活の本拠と為す意思を以て日本に居住するに至つたのであつて、日本に住所を有していたものと判断するのが相当である。従つて原告の本件日本国籍離脱の届出は、米国に住所を有することの要件を欠く無効のものであつたというほかない。而して旧国籍法第二十六条が日本国籍の回復について日本国籍の喪失を前提要件としていること原告主張の通りであるから、前段認定のように有効に日本国籍を離脱しなかつた原告に対し前記内務大臣が為した国籍回復の許可も亦無効であることはいうまでもない。
しかして原告がその戸籍を訂正するため右国籍離脱の届出及び国籍回復の許可の各無効なることの確認を求める利益を有することは明らかであるから、これが無効確認を求むる原告の本訴請求はすべて正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 満田文彦 石川秀敏 小林信次)